「先生、まだ集中治療室ですか?」
人間って勝手なもので、今の状態から少しでも
違う環境を望んで(私だけかもわかりませんが)
しまうもので、早く次のステップに移してほしい
願望が日増しに募っていきました。
5日目、
「急患が入ったから同じ階の別の病室に移動になります」と言われ
やった!!これでやっと普通の部屋に移れる!
集中治療室のベッドに横たわって2日目
体中に線がまとわり付いて
寝返りも出来ずに苦しんでいる頃...
夜中の12時過ぎに何やらまわりがざわざわ
ガヤガヤ近くで声がしていました
よくよく聞き入ってみると看護士さんたちが
こんな時間に研修しているようでした。
約1時間程度で終了していたと思うのですが
すごい病院だと改めて感じました。
又、担当していてくれていた看護士さんは
ベッドの近くで何やらパソコンをたたいています。
次の朝「なにをされていたのですか?」と尋ねると
まだまだ未熟な為、自主勉強をしていたそうです。
夜中の2時、3時ですよ!!!
なんだか自分の人生を振り返り
恥ずかしい気持ちとすごい教育指導
(この看護士さんだけかもわかりませんが)
をしている病院だと改めて感心し、
この病院に入院して良かったと思いました。
人工呼吸器抜きますね!
気がついてから少し経って、お医者さんからの
言葉で初めて口の中に入っていたのが
人工呼吸器だとわかりました。
ゲボゲボ少し気持ち悪かったですが
別に痛みも無く・・ただこんな長い管が
入っていたんだなと感じました。
部屋は集中治療室か!?
ベッドから看護士さんが忙しく動きまわっている姿が
見えました
目が覚めるとベットに横たわっていました。
口の中には大きな管が入っていたり、首の
右側左側にも点滴の針が刺さっていたり
右腕左腕にも点滴の針が鼻には酸素吸入器が
付いていました。胸には心電図の線が何本が
付いていました。
ああ、入院しているんだとやっと気が付いて
看護士さんに今日は何日かと尋ねると
5月1日になっていました。
2日間意識が(麻酔が効いていたかはわかりませんが)
無かったんだなと初めて気づきました。
何とか生きているんだなぁ~と実感して
また眠りに入りました。
4月29日 19時に会社を退社していつもの
ように夕食を食べ、ベットに横になりかけた頃
急に息苦しくなり妻にどうも調子がおかし
いと伝え、すぐに救急車を呼んでもらい
ました。
自分で玄関前まで降りて行き、救急車に乗り込
んでみたものの、かなり息苦しくなっていまし
た。救急隊員に家の前で受け入れ病院を連絡
してもらうも、コロナウイルスの時勢のため、なか
なか受け入れ先が決まらず...
かなり長い間、救急車内で待機していた記憶があります。
やっと大阪警察病院に決まったと聞かされた頃には
意識がなくなってしまっていました。
明日に続く